大判例

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最高裁判所大法廷 昭和30年(あ)995号 判決

判   決

文具商

国弘軍二

右の者に対する関税法違反被告事件について、昭和三〇年二月二四日福岡高等裁判所の言い渡した判決に対し、被告人から上告の申立があつたので、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

原判決および第一審判決中被告人に関する部分を破棄する。

被告人を懲役二年に処する。

但し本裁判確定の日から三年間右刑の執行を猶予する。

理由

弁護人樫田忠美の上告趣意第二点は、判例違反をいうが、引用の各判例は、事案を異にし本件に適切でなく、同第三点は違憲をいうが、実質は、単なる訴訟違反の主張に帰し、いずれも上告適法の理由とならない。

同第一点および第四点について。

旧関税法(昭和二九年法律第六一号による改正前の関税法をいう。以下同じ。)八三条一項の規定による没収は、同項所定の犯罪に関係ある船舶、貨物等で犯人の所有または占有するものにつき、その所有権を剥奪して国庫に帰属せしめる処分であつて、被告人以外の第三者が所有者である場合においても、被告人に対する附加刑としての没収の言渡により、当該第三者の所有権剥奪の効果を生ずる趣旨であると解するのが相当である。

しかし、第三者の所有物を没収する場合において、その没収に関して当該所有者に対し、何ら告知、弁解、防禦の機会を与えることなく、その所有権を奪うことは、著しく不合理であつて、憲法の容認しないところであるといわなければならない。けだし、憲法二九条一項は、財産権は、これを侵してはならないと規定し、また同三一条は、何人も、法律の定める手続によらなければ、その生命若しくは自由を奪われ、又はその他の刑罰を科せられないと規定しているが、前記第三者の所有物の没収は、被告人に対する附加刑として言い渡され、その刑事処分の効果が第三者に及ぶものであるから、所有物を没収せられる第三者についても、告知、弁解、防禦の機会を与えることが必要であつて、これなくして第三者の所有物を没収することは、適正な法律手続によらないで、財産権を侵害する制裁を科するに外ならないからである。そして、このことは、右第三者に、事後においていかなる権利救済の方法が認められるかということとは、別個の問題である。然るに、旧関税法八三条一項は、同項所定の犯罪に関係ある船舶、貨物等が被告人以外の第三者の所有に属する場合においてもこれを没収する旨規定しながら、その所有者たる第三者に対し、告知、弁解、防禦の機会を与えるべきことを定めておらず、また刑訴法その他の法令においても、何らかかる手続に関する規定を設けていないのである。従つて、前記旧関税法八三条一項によつて第三者の所有物を没収することは、憲法三一条、二九条に違反するものと断ぜざるをえない。

そして、かかる没収の言渡を受けた被告人は、たとえ第三者の所有物に関する場合であつても、被告人に対する附加刑である以上、没収の裁判の違憲を理由として上告をなしうることは、当然である。のみならず、被告人としても没収に係る物の占有権を剥奪され、またはこれが使用、収益をなしえない状態におかれ、更には所有権を剥奪された第三者から賠償請求権等を行使される危険に曝される等、利害関係を有することが明らかであるから、上告によりこれが救済を求めることができるものと解すべきである。これと矛盾する昭和二八年(あ)第三〇二六号、同二九年(あ)第三六五五号、各同三五年一〇月一九日当裁判所大法廷言渡の判例は、これを変更するを相当と認める。

本件につきこれを見るに、没収に係る船舶および貨物が被告人以外の第三者の所有に係るものであることは、記録上明らかであるから、前述の理由により本件船舶および貨物の換価代金の没収の言渡は違憲であつて、この点に関する論旨は、結局理由あるに帰し、原判決および第一審判決は、この点において破棄を免れない。

よつて刑訴四一〇条一項本文、四〇五条一号、四一三条但書により原判決および第一審判決中被告人に関する部分を破棄し、被告事件につき更に判決する。

原審の是認する第一審判決の確定した事実に法律を適用すると、被告人の同判示第一の所為は、関税法附則一三項により従前の例によるものとされた旧関税法七六条二項後段、一項に該当するので、所定刑中懲役刑を選択し、所定刑期範囲内で被告人を懲役二年に処し、情状により刑法二五条一項を適用して本裁判確定の日から三年間右刑の執行を猶予することとし、主文のとおり判決する。

この判決は、論旨第一点および第四点につき、裁判官入江俊郎、同垂水克己、同奥野健一の補足意見および裁判官藤田八郎、同下飯坂潤夫、同高木常七、同石坂修一、同山田作之助の少数または反対意見があるほか、裁判官全員一致の意見によるものである。

裁判官入江俊郎の補足意見は、次のとおりである。

一  (一)旧関税法八三条一項の規定による没収の法意、(二)被告人以外の第三者が所有者である場合その所有物につき被告人に対してなされた没収の言渡の効果、(三)第三者没収の言渡を受けた被告人がその没収の裁判の違憲を理由として上告をなしうべきことおよび(四)右第三者を、被告人に対する場合に準じて、訴訟手続に参加せしめ、これに告知、弁解、防禦の機会を与えることが憲法三一条、二九条の要請であつて、単に右第三者を証人として尋問し、その機会にこれに告知、弁解、防禦をなさしめる程度では、未だ憲法三一条にいう適正な法律手続によるものとはいい得ないと解するを相当とすべく、この見解については、さきに昭和二八年(あ)第三〇二六号、同三五年一〇月一九日大法廷判決におけるわたくしの反対意見でこの点につき示したわたくしのこれと異つた意見を、今回改めるに至つたものであることの四点については、わたくしは、昭和三〇年(あ)第二九六一号、関税法違反未遂被告事件の大法廷判決に附したわたくしの補足意見の趣旨を援用する。

二  なお、この場合、旧関税法の前記法条所定の船舶、貨物等が犯人以外の第三者の所有に属し、犯人は単にこれを占有しているに過ぎない場合には、右所有者たる第三者において、貨物について同条所定の犯罪行為が行なわれること、または船舶が同条所定の犯罪行為の用に供せられることを予め知つており、その犯罪が行なわれた時から引続き右貨物または船舶を所有していた場合に限り、右貨物または船舶につき没収のなされるものであると解すべきものであることについては、昭和二六年(あ)第一八九七号、同三二年一一月二七日大法廷判決における多数意見を採用する。そして、右第三者が右のように悪意であつて、実体法上没収をするものとされている場合において、その所有物件の没収の言渡をするには、その者を被告人に対する場合に準じて訴訟手続に参加せしめ、これに告知、弁解、防禦の機会を与えることが、憲法二九条、三一条の要請となるのである。

裁判官垂水克己の補足意見は、次のとおりである。

弁護人の上告趣意第一点および第四点についてのわたくしの補足意見は、昭和三〇年(あ)第二九六一号、同三七年一一月二八日言渡大法廷判決におけるわたくしの補足意見と同趣意であるから、これを引用する。

裁判官奥野健一の補足意見は、次のとおりである。

弁護人の上告趣意第一点および第四点についてのわたくしの補足意見は、昭和三〇年(あ)第二九六一号、同三七年一一月二八日言渡大法廷判決におけるわたくしの補足意見と同趣意であるから、これを引用する。

弁護人樫田忠美の上告趣意第一点および第四点に関する裁判官藤田八郎の少数意見は、次のとおりである。

所論は原判決が没収言渡をした物件は、被告人以外の第三者の所有に属するものであつて、右没収の言渡は第三者の権利を侵害するが故に違憲違法であるというに帰着するのであるが、被告人は、第三者の所有権を対象として、第三者の権利が侵害されることを理由として上告を申立てることは許されないものと解すべきであるから(昭和二八年(あ)第三〇二六号、同二九年(あ)第三六五五号事件、同三五年一〇月一九日大法廷判決参照)、所論はこれを採用すべきでない。

裁判官下飯坂潤夫の反対意見は、次のとおりである。

弁護人の上告趣意第一点および第四点についてのわたくしの反対意見は、昭和三〇年(あ)第二九六一号、同三七年一一月二八日言渡大法廷判決におけるわたくしの反対意見と同趣意であるから、これを引用する。

裁判官高木常七の少数意見は、次のとおりである。

弁護人樫田忠美の上告趣意第一点および第四点についての意見は、昭和二八年(あ)第三〇二六号、同三五年一〇月一九日大法廷判決(刑集一四巻一二号一五七四頁)におけるわたくしの補足意見と同趣旨であるから、これを引用する。

裁判官石坂修一の反対意見は、次の通りである。

わたくしは、本件につき示された多数意見に反対である。その理由とするところは、昭和三〇年(あ)第二九六一号、同三七年一一月二八日言渡大法廷判決における裁判官下飯坂潤夫の反対意見と同趣旨であるから、これを引用する。

裁判官山田作之助の少数意見は、次のとおりである。

弁護人の上告趣意第一点および第四点についてのわたくしの少数意見は、昭和三〇年(あ)第二九六一号、同三七年一一月二八日言渡大法廷判決におけるわたくしの少数意見(関税法一一八条とあるのは、旧関税八三条と改める。)と同趣旨であるから、これを引用する。

裁判官斎藤悠輔は退官につき本件評議に関与しない。

検察官村上朝一、同羽中田金一公判出席

昭和三七年一一月二八日

最高裁判所大法廷

裁判長裁判官 横 田 喜三郎

裁判官 河 村 又 介

裁判官 入 江 俊 郎

裁判官 池 田   克

裁判官 垂 水 克 己

裁判官 河 村 大 助

裁判官 下飯坂 潤 夫

裁判官 奥 野 健 一

裁判官 高 木 常 七

裁判官 石 坂 修 一

裁判官 山 田 作之助

裁判官 五鬼上 堅 磐

裁判官 横 田 正 俊

裁判官藤田八郎は退官につき署名押印することができない。

裁判長裁判官 横 田 喜三郎

弁護人樫田忠美の上告趣意

右関税法違反被告事件につき昭和三十年二月二十四日福岡高等裁判所第二刑事部が言渡した公訴棄却の判決は全部不服につき被告人より上告申立をしたので茲に趣意書をしたため提出する。

第一点 仮に本件の有罪であることが正しいと仮定するも原審判決は憲法第二十九条第一項、同法第七十六条第三項刑事訴訟法第一二二条に反する違憲違法の判決であるから破棄を免れない。

第一審裁判所が有罪と認定し控訴審に於て認容した犯罪事実の要旨は

『第一、国弘軍二は昭和二十八年五月十八日肩書自宅において朝鮮人林秀次郎と韓国に衣料品を密輸出する為の被告人国弘において宇部港で右((注)衣料を指す)を船積して白島附近に回送すること、並に右林において、朝鮮向別船を求めて同所附近に待機させ同所で右((注)衣料を指す)を積み替えて密輸出しようと共謀の上同月二十一日宇部港において、所轄税関の免許を受けることなく、貨物八十五梱包を機帆船厚陽丸に積み同日出港し、同月二十四日午後九時頃若松市脇田と白島間の海上に至つたが同所巡視中の海上保安官に発見されて、積替の目的を遂げず、

第二、第一審相被告人たりし山崎恵は右厚陽丸船長として被告人国弘が第一記載のように韓国に物資を密輸出しようと企図していることを知りながら、第一記載の通り宇部港より白島附近まで同船の運搬を指揮操縦して、その幇助を為したものである』

と云うにある。

而して、被告人国弘軍二に対して第一審は

『被告人を懲役二年に処し、三年間右刑の執行を猶予する。

押収にかかる厚陽丸の換価代金七万五千円及び添附別紙一覧表記載物件の換価代金二百九十四万三千二百円はこれを没収する」

との言渡しをなした事案に対し、被告人より控訴を申し立て原審弁護人より右没収は違憲違法である旨を以て抗争したるを無下に排斥した原審裁判所はこれを全面的に認容した以上は原審の判決も同様違憲違法であるから破棄せらるべきである。

憲法第二十九条第一項には「財産権はこれを侵してはならない」との規定があり、被告人が有罪を宣せられたことに付随して犯意の共通がない善意の第三者の所有権の対象となつている物件が没収せられるが如きことは憲法の趣旨に反することであるから憲法第七十六条三項の規定により、この憲法及び法律を遵守すべきを命せられている裁判官は当然に「憲法第九十八条第一項を適用し没収すべからす」との解釈を下さねばならない。

第二点 原判決は左記最高裁判所判例及び大審院判例と相反する判断をしたから破棄を免れない。

左 記

○「(その二)違法な証拠を他の証拠と不可分に綜合して事実を認定した場合、その違法は判決に影響を及ぼさないものとはいえない」(昭和二十二年(れ)第二〇八号昭和二十三年二月九日第一小法廷判決破棄差戻)

○「証拠の取捨選択及び事実の認定と経験則(昭和二十三年(れ)第七九九号同年十一月十六日第三小法廷判決棄却)

証拠の取捨選択及び事実の認定は事実審裁判所の専属に属するがそれが経験則に反してはならない」

第一審判決が犯罪事実を認定した証拠の標目中((三)、(二)のみ援用しその他は援用しない)

三、当公廷に於ける証人は呉丁祚の証言を援用しておるから一部とはいずれの部分を云うものか不明であるのみならず、これ等の証言の記載部分を要約すると

第二回公判調書中、証人呉丁祚の証言記載分には

『昭和二十八年六月三日の昼頃に警備船が呼びに来たので出頭すると直ちに逮捕された、保安部が大浦保安官が自分を殴つたりして夜の十二時過ぎまで調べた、次いて石原保安官と大浦保安官の二人が翌日の午前八時頃まで調べ、寝かせて呉れなかつた、その際、押収された荷物の中に「丁祚」とだけ書かれた札があつたとの理由で「貴様の荷物ではないか」と云われ、手で殴られたり、足で蹴られたりした、

又「朝鮮人は嘘ばかり云う」と怒鳴られたので、私は「日本人だつて殴つておきながら殴らないと嘘を云うではないか」と答えた、調書は読み聞かせて貰わなかつた』

趣旨の供述記載があり

第二回公判調書中、証人趙仁和の証言記載部分中には

『私は長州丸の船長であります(中略)六月三日(昭和二十八年)の夜の十一時頃逮捕状の執行を受け、その夜の十二時頃から翌朝の八時半頃まで大浦保安官に調べられた、その際大浦保安官は「長州丸が国弘の密輸出品を受け取つて、朝鮮へ行くつもりだつたのではないか」と尋ねられたので、私は「そんなことはない」と答えると、同保安官は、「国弘と船長とは積み替えようとしたと云つているから嘘をつくな白状せんか、逮捕状が出ているから」と云いながら、手錠をかけられたまま調べられた、私が「向うの船は知らない」と云うと、大浦保安官は私の顔を手で殴つて調べ更に二、三尺位の棒を持つて来て座らされ((注)床の上の意)その棒で足を殴られた、幾つ殴られたか覚えていないが、その為翌日は歩けなかつた。私は六月五日の午前八時頃再び大浦保安官に呼び出され「白状しないか」と脅かされ「積み替えようとしたことはない」と供述すると、顔や頭を殴られた、その日の午後は「呉丁祚も白状しているから、お前も云はなければならん」と怒鳴られた。

六月六日は午後一時頃大浦保安官に呼び出され、小さな畳の敷かれてある部屋に連れてゆかれ、無理矢理に座らされた、動くと頭や顔を殴られ、私の足が曲らないので足を踏まれ手錠をかけられたまま「白状せんか」と云うので、仕方なく私は「呉丁祚の云うている通りにして呉れ」と答えると、私の家から来たと云う手紙を見せたので手を下げたら、外の人が来て手錠をはずして呉れた。

八日にまた呼び出され、大浦保安官は「呉は沖の島附近に行つたと云つているが」と詰問し、呉を連れてきて「沖の島へ行つたことは間違いないか」と問い、呉が「沖の島へ行つていない」と答えると大浦保安官は「嘘を言うな」と云いながら呉を殴つた。呉は「それは違う」と供述すると、大浦保安官は「昨日はそう云つた」と云いながらすぐ殴つた。手錠をはめて手を挙げており、一寸でも下げると金の紐が入れてあつて引つ張られ、その為めに血が出た上、足も蹴られた、そのとき私は八百円持つていたので、「これで薬を買つて呉れ」と頼んだが、大浦保安官は「警察は身柄を預るだけだから」とこれを一蹴し、薬を買つて呉れなかつた。そこで他の保安庁の人に頼んだが「どこを怪我しているか」と云つて買つて呉れなかつた拘置所でもやはり診て呉れなかつた。

検事に調べられたとき、傷を見せ、「前にもあまり殴られたので呉丁祚の云う通りに云つたが事実は違う」と答えると、「大浦を呼んでもよいか」と尋ねられたので「よい」と答えると、翌日大浦さんを呼び検事の前へ二人を座らせ、検事さんが取調べの際に殴つたかどうか尋ねると、大浦さんは「殴つておらない」と嘘をついたので、この時私は大浦さんと口喧嘩をした、その日に釈放された』

趣旨の供述記載がある。

また、第一審が引用した証拠の標目中、

二、検察官作成の和歌勇、河崑の各第一回供述調書

とあり、和歌勇に対する右供述調書の供述記載部分には

「自分が厚陽丸の機関長として勤務中国弘軍二より依頼され、宇部から若松沖まで荷物を運搬し、同所で他船に積み替えたのは今回((註)昭和二十八年五月)の外、昭和二十七年十月末昭和二十八年三月中旬の合計二回ある」

旨の供述記載に続き、当時の経緯が各別に述べられており、被告人の国弘軍二に対する第一回(昭和二十八年六月五日附)及び第二回(昭和二十八年六月十四日附)供述調書並びに被告人山崎恵に対する第一回(昭和二十八年六月二十四日附)及び第二回(昭和二十八年六月十四日附)供述調書(以上何れも原審が証拠として引用した検察官作成のもの)の犯行日時と一致し、原審が認定した犯罪事実の裏付の証拠に援用したものと思料されるが、和歌勇は同被告人と同様に「長州丸の船長は已に自白しているから、辻褄が合わぬ限り釈放しない」等と取調官に誘導又は強圧されて恐れを為し、致し方なく取調官の意を迎え、それと同趣旨に書いて呉れと云うべく余儀なくされ作成された供述調書である。

かくの如き書類は特に信用すべき情況に於て作成されたものでないから証拠能力を保有しない。

これら証拠を他の証拠と共に援用した以上不可分的に綜合判断したことに帰するから有罪と認定すべき有力な根拠を失わしめることになるので、これから生ずべき判断も判決に影響を及ぼすべきであるから原判決はこの点に於いて当然破棄せられねばならない。

第三点 第一審の言渡した判決を原審(控訴審)がこれを認容した「厚陽丸の換価代金七万五千円及び添付別紙記載物件の換価代金二百九十四万三千二百円はこれを没収する」との判決は憲法第二十九条第一項、同法第七十六条第三項、同法第九十八条第一項、刑事訴訟法一二二条に反する違憲違法の判決であるから破棄を免れない。

厚陽丸の換価処分は小倉支部検察庁において昭和二十八年七月十七日「滅失破損の虞あり保管に不便である」と為し、刑事訴訟法第一二二条により換価の上金七万五千円にて競売しその代価を保管されたことが認められる(記録一六六丁乃至一七一丁参照)添附別紙一覧表記載の物件(繊維類)は中川幸平外十五名の業者に総額代金二百九十四万三千二百円にて競売せられた金額を保管せられたことがわかる(記録五十九丁乃至六十七丁参照)形式的に見れば右は正当な競売の方法を行つたかの如く思惟せられるも仔細にその実体を観察すればまさに、検察庁における職権濫用であつて、法にいわゆる換価処分であると云い得ないのである。

厚陽丸は七・七一噸の機帆船であつてこれを門司港、博多港、海上保安庁及び水上警察署の船舶を繋留する場所の一隅に保管することが容易であるし、また滅失若しくは破損の虞があると云い得ないことはわれわれの経験則に照し頷き得るところである(海上保安官の山崎恵に対する第二回供述調書第三項田原迫に係る浜中満に対する供述調書参照)

また、その他の押収物件はこれを八十五組の梱包となし、いづれもビニールにくるみ、その上を菰包となしたものである。これも最寄の倉庫会社の倉庫に保管さすべきことが容易であり、而して滅失または破損の虞がないことが明らかであるからこれを売却して代価を保管することは出来ない筈である。今日に於ては敗戦直後とは著しく事情相違し各都市には多数倉庫が設けられ容易に保管を託し得る環境におかれてあるから、これが換価処分をなしてはならないものである。

検察官は刑事訴訟法第一二二条の解釈を誤りこれが換価処分をなしたことは、理由なく国民の財産権を侵害することとなるので憲法第二十九条第一項に違反し憲法第九十八条第一項にいわゆる国務に関する行為であるから処分たる効力を発し得ないものである。

わが国の司法部開設以来今日まで行われて来た換価処分は、凡そ原価の四分の一前後の価額を適正価額と認め競落せしめておる実情にある。

このことたるや裁判所に顕著な伝統的慣行的事実であり国民衆知の事実である。

不法に安価に見積られ競売せられたその換価代金が不当に安く計上されても没収の際はそれだけ没収されれば止むのであるから被告人の利害には関しないが如く速断することを許してはならない。

なんとなれば若し被告人が無罪となるとすれば、この不法に換価処分を行われた金額のみが被告人に返還されるので被告人に対する財産権の侵害が膨大となることは推断に難くないからである。

第四点 関税法第八十三条前段の規定即ち『同法第七十六条の犯罪に係る貨物その他犯罪行為の用に供したる船舶は没収する』との規定は憲法第三十二条同第三十一条に違反し同法第九十八条第二項により憲法の精神に抵触する限度内において関税法第八十三条の前段の規定の一部はその効力を失わしめられたものと解すべきにかかわらずこの点を看過し第一審判決を漫然認容した違憲があるから破棄を免れない』

そもそも関税法第八十三条第一項によれば同法第七十六条の犯罪に係る貨物、その他犯罪行為の用に供したる船舶又ハ犯人の所有に属せさるものについても当然に没収し得べきものであることはその後段の規定の趣旨と彼此対照することにより明らかである。

当時の封建制時代の残滓を蝉脱し得さりし警察万能的官僚主義の時代であつたので「法の不法は許さず」「悪法も亦法なり」等の思想に支配され行き過の法律もそのまま適用せられ国民は法の反射的運命として諦め黙々として、これが適用を甘受して仮に本件が有罪となるも善意の第三者である厚陽丸の所有者浜中満はこの船舶が正当の運送業務の目的を果すため、これを使用することも了知して被告人国弘軍二の共犯者であつた相被告人たりし故山崎恵に賃貸したばかりに何ら犯罪を構成することなくして、不知の間に本人の意見弁解も聴くことなく船舶は没収し得ると為す規定の存在(関税法第三十条前段)はわれわれが裁判所において裁判を受くる権利を奪い去られ法律の定める手続きによらずわれわれの財産を没収する結果を惹起するものである。

これ明らかに憲法第三十二条、同法第三十一条に違背する規定であると云はねばならない。

憲法第九十八条第二項によれば関税法第八十三条前段の規定は憲法第三十二条、同法第三十一条の条規に違反する限度内において、その効力が失はしめられたものと解すべきである。従つて、第一審が船舶の換価代金を没収した違憲の裁判を正当なりと曲解して原審弁護人の主張を排斥した原審判決は当然破棄せられねばならない。        以上

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